蜃気楼の中に社長と上司が見えた

今週のお題「夏休み」

 

 


〜時の果てから果までも続く夏休みを満喫している人間(どうかニートと読んでください)が、暑い時分に経験したこと〜

 

 

 

 

 

 

 

僕は夏の暑さが嫌いだ。それはなぜか?僕は怠け者だからだ。

 

 

夏の暑さは人を活動的にさせる。いや、活動的にならざるを得ない。夜はなかなか寝付けず、朝早くに汗だくになって目が覚める。布団から出て外の空気を肌に浴びたくなる、汗だくになった顔を洗いたくなる。冬に比べて睡眠時間が非常に短くなってしまうのだ。

 

 

夏はつくづく怠け者にとって向かない季節だと思う。

 

 

このコンクリートジャングルの東京において、夕涼みなんてものは存在しない。土と植物があまりに少ないからだ。クーラーに頼るしかない。

 

 

しかしお金はあまりないから、自宅のクーラーは使わず、結局図書館に行かざるを得ない。図書館にいれば携帯ばかり触ってるのは気がとがめるから本を読まざるを得ない。

 

 

  夏山の 夕下風の 涼しさに 楢の木陰の 立たま憂き哉

 

 

何回も何回も心のなかで唱えていると、汗が引いて涼しくなってくる。ん?これは図書館のクーラーのおかげか。

 

 

 

 

 

夕方になり、図書館から出てスーパーに行く。あいも変わらず厳しい暑さ。スーパーで野菜や魚を買って帰る途中、暑さで魚が腐ってしまわないように、早足で歩かざるを得ない。

 

 

僕はギンギラギンに光り輝く青空のパントマイムなんじゃないか、と錯覚すら覚える。あの空に踊らされている。不愉快だ。

 

 

夏よ、あなたはどうして、僕にこんなたくさんのことを強いるのだ?会社を辞めてめでたくニートに昇進したのに。あなたは会社にいた頃の社長や上司とおんなじだ。彼らは僕にたくさんのことを強いてくる。そういうのが嫌で逃げ出したんだ。なのにあなたときたら……。

 

 

レジ袋を下げて帰る途中、蜃気楼でぼやけた社長と上司が、遠くから僕を見て笑っているのを幻(み)る。動機が早くなるのを感じる。体が硬直したように動かなくなり、ロボットのような歩き方になってしまう。社長は言う「おや、中谷さん。長い夏休みは楽しんでますか?調子良さそうですね」と。隣で上司が言う「中谷くん、やっとやる気になってきたなぁ!すごくいいじゃん!生産性上がるね!その調子で頑張って!」と。

 

 

二人は僕自身を見ていない。まるで稲作農家のおじさんのように、僕の背後に実り豊かな米を見ているのがわかる。僕が実らせる米こそ重要なのだ。それ以外は無用の長物なのだ。肉体も、精神も。ああ、台風でも来てくれないかな。全てを吹き飛ばしてほしい。そんなことを思っていると、ポツポツと夕立が降り出した。二人は跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

 

家についてサンマと野菜を冷蔵庫に入れた。冷蔵庫を開くと冷気が流れ出し、足元が涼しくなった。冷蔵庫の棚に置かれたサンマを見て思った、「涼しそうでいいな、これで布団があれば完璧だね」。しかしサンマはすでに死んでいた。血走った目で僕を見つめていた。「俺は氷漬けで殺されたんだ。涼しいのなんてこりごりさ。……。あの世はきっと暖かいんだろうなぁ……」サンマの声が聞こえた気がした。

 

 

寒さは死を意味する。冬は死の季節だ。寒いほうが好きな僕は、死を望んでいるのかもしれない。いや、怠け者は全員死を望んでいるのかもしれない。そういえば、暑くなってからの僕の口癖は「暑い」「死にたい」であることを思い出した。僕にはあまり生命力がないのかもしれない。

 

 

極楽浄土はきっと暖かく実り豊かだろう。
僕は夏を好きになろうと思う。

 

でもそんな事が可能なのかな。